最後の女人堂(満願編終)

2017/04/12

いよいよ高野山も最後、時間が余ったので、女人道へ。
高野山が女人禁制だったころのお堂。

いろいろ本当に心に残った高野山の3日間、名残惜しい。

高野山の最終日

女人堂

ここは高野山街のはずれ、
明治時代までは女人禁制だった高野山に女人がお参りする場合は、このお堂でお参りしたと言われるところ。ここから先は入れなかったのか・・・

そこは高野山にしては小さな建物ですが、時代の象徴でしょう。

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お線香とろうそくをお供え

その帰り、徳川家をまつったお堂 徳川家霊台

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ここは入場料が必要です。
(徳川家、豊臣家 この高野山に寄進しているようです。権力と宗教はいつもつながりが歴史にはあるものだ)

出発のとき、恵光院の方が、バイクは置いておいてもいいですよ、荷物も預かっときますよと申し出てくれて、荷物は預けてきました。バイクは荷物積むところがないので本当にたすかった。

おかげで身軽にバイクで高野山まわりができるました。

高野山街の一角

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綺麗な街だった

恵光院に荷物を受け取りにいき、帰り支度。

恵光院の精進料理でおいしかった高野山の名物のゴマ豆腐買えるところを教えてもらい、向かいのお土産屋さんで、護摩豆腐を買う。生のがおいしいけど、日持ちしないので真空パックにした。

もっといっぱい買いたかったけど、バイクに積めないのが哀しい。

今回だけでもリアBOXつけてきたらよかったかな。
マスコットキャラに高野君というのがあり、これが小さいのでこれで、お土産としてお茶を濁そうかと思いましたが、お遍路のお土産、高野山には?? だったので没に。

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高野山からの帰路

今日の夜のフェリーに乗る予定。
帰りは相方を、高野山駅まで送り、あとは気ままに帰路を走る。

一人乗り+下り で早い (^^    これもまた幸せ

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ひたすら走る。
いつも雨でどんよりとしていたお参り道中だったが、最終日の今日
天気がいい。

また道の駅に。
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これは前の川。道の駅 いいところにある。

ここのベンチで、お遍路ツアーバスの人とちょっと話しているうちに時間がたっていた。

24号線は夕方のラッシュか渋滞している。でも和歌山のマナーは悪くないですね。
(四国に来る方、四国の交通マナーは悪いですよ(^^;

帰りは早く二時間ちょっとで和歌山駅に到着。ちょうど相方の乗った電車の到着まえにこれた。

しかし、電車の時間、待っててもこない・・
電話に着信があった・・

ここで相方が電車乗り間違えて、遅れるとのこと はぁ

これで一悶着(ひともんちゃく)あるが、双方 高野山で修行をしたせいか大事なきを得る(^^
結局、フェリーを1つ遅らせることに・・最終フェリーに間に合った。。

フェリーのゴザでは、なんかほっとした雰囲気が心に漂っていました。
四国八十八カ所参りの 大窪寺にたどり着き御門をくぐったあのお寺の境内に流れていた安堵感のような雰囲気がこころに。

すべての四国八十八か所参りを終えて

到着し外にでると、もう途中の前日でツユは開けていて、夜のまったりした暑さが体を覆う。
ゆっくりとたばこを1本吸って、全部が終わった安堵感。

昔、夏祭りの終り、そのまま家に帰りたくなくて途中で座って話し込んだ名残惜しさのように高野山への旅はこの夜、終わっていきました
真っ暗な港にバイクをこぎ出し 帰路につきました。

これで願がかない 私のバイクで行くお遍路 四国八十八カ所参りの旅 完結です(涙)

RV125jp 本当によく走ってくれました!
山あり谷ありどしゃ降りに急坂や二人乗り、いつもセル一発で目覚め、高知県の国道をひたすら疾走、ついには高野山、事故無く、故障もなく 無事に帰ってこれたことに感謝。
自分で整備したエンジンやメンテなのか、途中でいただいた幻のにしき札の交通安全か、同行二人のおかげか いえやっぱりすべてに、全部に感謝!

この四国八十八カ所参りで何か変わったかと言えば、変わるきっけになりました。
やっぱり小型のオートバイで行って本当によかったと思います。ツユで半分以上、いやほとんどの日が雨だったツーリング道中もこの時期だから、招待されたのかもしれないと思うようになりました。

そして、一度すべてを終えたお遍路さんがよく思うように、
またいつかもう一度(一周)行ってみたい と心に思うようになるのでした(これをお四国病といいます・・)

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