バイクでお遍路・高野山

大師教会館

奥の院を終え、満願となった今、最後の念願

もう1か所で納経を受ける・・
勇んで出かけましたが間違えて 大師教会館に行きました

大師教会館

空海=高野山=金剛峯寺(こんごうぶじ)   最長=比叡山=延暦寺(えんりゃくじ)

というのがセットで憶える日本の歴史です。日本史のテストに出たりするので知っていた

今日は、気持ちの良いぐらい涼しく晴天の日。ありがたい。今日で梅雨明けしたそうです。

高野山といえば金剛峯寺、弘法大師の真言宗 総本山のお寺 どんなところなのか?

奥の院を終え、満願となった今、最後の念願です。
今日はそこを見る予定。

勇んで出かけましたが間違えて 大師教会館に行きました(^^;

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道から見えてあまりに大きいので。

ここが その場所と思っていったら。。

そこで受戒というのを受けれるので、申し込みました。
今だと11:00からになります。それまで、会館の壁にある弘法大師の出で立ちからの歴史絵を見る。

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カベの上に各絵が1~20ぐらいまで、、部屋の回りにグルリ。全部見てると見上げ続け首が痛くなる。

お遍路の途中で知っていったお大師様の話が年を追って絵と一緒に説明されている。
これがわかりやすく、全部見るのに結構な時間になる。

 


空海 豆知識
弘法大師というのは 空海の別名。 お遍路さんの間では ”お大師様” と呼ばれる。または弘法様とも。
「猿も木から落ちる」 と同じ意味の 「弘法も筆の誤り」 は弘法大師のことで、達筆としても有名、日本屈指の達筆=三筆の一人 になっている


 

受戒式

  • 1日何度かあるようです。
  • 参加者は全部で4人でした。参加は500円

奥に案内される
そして戸を閉め切り、暗闇になり儀式のような雰囲気

受戒式はあまりよくわからなかったけど、その後 受戒について記述を見つけました。

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けれども、人間、世の中そうもいかない と思えたりもします。
心理学ではいろんな見方や意見があるものですが、
1つに 人はありのままで良いと思えるほど自信がでる という意見があります。

ダメでも、下手でも貧乏でも自分のままでいい、
裏表があると、だれにもわからなくても、自分は知っていて良心でどこか後ろめたさを感じている。

ありのままの自分が人に見せられないと思うほど、これが自信の無さになる。
妙に後ろめたさに、自分で理由をつけて行動していくと自分がねじれてくる。

いろんな分野で解釈はいろいろありますが、
この良心の部分が 魂=本当の自分 という解釈や
仏教では  本当の自分=仏 というような解釈になっています。

こうなりたいと本当の自分との戦い、素直に思う方向に向かうのが自分自身の道である というのが古典文学でも共通するみたい。

他人と較べたり、ねたんだりする嫉妬 次々ほしがる欲、こういう心の数々を仏教では煩悩というそうですが、乗り超えると、別に損しようが得しようが、遅れようが進もうが心のままの自分でいようとする公明正大な人ってやっぱり強いと思う。

そこに達するまでの道は紆余曲折、長そうです

単にバイクRV125に乗ってるだけでも、

マジェスティ125が RVを見つけるとなぜか注目する。前にRVを発見すると ロックオンして抜きにかかる

買い物で、マジェの隣にとめておくと、珍しいのか さんざん見物していったようなあと、キルスイッチをいたずらOFFしていく・・・
マジェ ライダーよ それは RV125では パーキングスイッチなのじゃ!
(エンジン掛けたら、豪華にライト類が全部点滅するから やめなされ)

フォルツアやスカブライダーの視野には最初から入っていない。
250cc、400は飛ばすと見えないほどかなたに過ぎていく。あっという間に90km。
ついて行こうとしてもしょせんはエンジン小さい

これは125ccなのだ。250から乗り較べると寂しいところはある
でもこの大きさとこのバイクにしかわからない、楽しさ、快適さ、ややこしさがあるのだ。

マジェよ、抜いていきなされ。競争したら性能は知らないけど、無益な競争はせぬ。
そう思いながら前の安全、着実運転の原付、マジェやアドレスを抜いてって、次の信号で後ろから来て並ぶと、バツの悪さを感じる・・煩悩が抜けぬRVなのでした・・・

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